そして、カウンターの上の小さなクッションに、肘を載せるようにと言う。彼が私の手に、手袋をはめてくれるのだ。ちょっときつそう、と心配するまでもなかった。まずは木製の大きなピンセットのような道具を、指の一本一本に入れて革を伸ばす。それを私の手に、す、す、す、と被せ、指の根元がきちんと合うように着けてくれた。▼
Just fit! ぴ〜ったりだわ! というわけで迷わず即決。
お店のポスターと同じ紙袋に入れてもらい、クレジットカードの控えも手にして、ご満悦で店を出たのだった。
帰国してから、はたと思いだした。もう何十年も前、昭和の頃のこと。
母は、国際学会に出席する父にくっついて、ときどき海外旅行をしていた。いつだったかヨーロッパ旅行から帰ったとき、どこかの国のどこかの店で手袋を買ったという話を聞いたことがあった。英語もできない母だったのに、
「店員さんがね、ぴったりサイズのものを選んで、こうやって手に着けてくれたのよ」
と話しながら、母が指先から手首までなでおろす仕草をした記憶があるのだ。もしかしたら、リスボンの同じ手袋屋さんだったのかもしれない……。
もちろん確証はないし、今では母に尋ねても、何にも覚えてはいない。
でも、時を経て、母と娘が偶然同じ店で同じ物を買った。そう思うだけでも楽しいではないか。
旅行前にガイドブックの記事で「ここに行きたい!」と強く思ったのは、眠っていた記憶とともに、母のみやげ話に憧れた気持ちが、目を覚ましたからに違いない。私がヨーロッパの旅がどこより好きなのは、母の影響であることだけは確かなのだから。
今年は暖冬で、なかなかこの手袋の出番がない。手袋をはめる時間も惜しんで、着けやすい普段用をつかんではバタバタと飛び出していってしまう。
それでも、先日、珍しい柄のコートを試着したとき、この手袋が脳裏をかすめ、思いきって買った。茶色とネイビーの複雑な縞模様のそのコート、リスボンの手袋とコラボさせて着てみたい。大事にしすぎて、春が来ないうちに。
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