母を想う日々 2:「母の遺したカレンダー」
2021-11-09


          母の遺したカレンダー

 

98歳で母が亡くなって、同じマンションに住む私は、部屋の片付けを始めた。まずはタンスの小引き出しや本棚からだ。若い頃から整理整頓をきちんとやる母だったが、最後は玄関先で倒れて入院したまま戻れなかった。金銭の類はいちおう預かってはいたが、もっと大事なものが出てくるかもしれない。

筆不精で書くことの嫌いな母だと思っていたのに、何冊もの手帳に細かなメモが残されていて、驚いた。目が悪くなったと言いながら、旅の記録や、家族の年表、父の闘病記など、小さな文字でつづっている。

いくつものビニール袋に入れてとってあったのは、カレンダーの束だった。朝日新聞でチラシと一緒に月末に配られるB4サイズのカレンダー。日付の横にメモのスペースがある。予定を書き込んでいたのは知っていたが、いつからかその日の出来事や、ちょっとした感想まで書くようになっていた。

 

たまたま開いてみたのは2010年。母は80代後半で、父が亡くなって8年がたち、元気で独り暮らしを送っていた頃だ。

当時、母はマージャンを楽しんでいた。どこで、だれと、勝敗のほどは、などが記されている。高齢者向けの教室に通ったり、自宅に来てくれる古くからの友人たちと楽しんだり。その合間を縫って、私の家族も母の相手をしていた。

「ヒロ、パソコンで勉強しているので、さすがに勝ってばかり」

次男ヒロは、幼い時からよく母にボードゲームの相手をしてもらっていた。

「ヒロ、国士無双できて、大コーフン」

 この時のことは私もよく覚えている。次男の手が震えてきて、高い手で上がりそうなのだとバレバレだったのに、結局振り込んだのは、母だった。

「ひとみ、新聞に投稿が出る」

 そんな親子3代、年齢差72歳の家族マージャンをエッセイにして、朝日新聞の「ひととき」欄に載せてもらったのだった。

 

さらに母のメモからは、当時は知らなかったわが家のあれこれが明らかになる。


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