この夏は、どこへも旅行しない覚悟をしていた。
これまで勉強をしない高校生だった次男が、高3になってついについにスイッチオン。背水の陣を敷いて、毎日のように大学受験塾に通うようになったのである。母親としても、息子をほったらかして夏をエンジョイしている場合ではなかった。
ところが……!
社会人1年生の娘が、たった一人で北海道に遊びに行く、と言い出した。もう往復の飛行機のチケットは取れた。キャンセルはできない……と、出発6日前の事後承諾を願い出たというわけだ。
それだけならまだしも、レンタカーを借りて走り回ると言う。のけぞった。
娘は免許取得3年目とはいえ、どう見たって、エア初心者マーク付き。わが家の車だって1ヵ月に一度乗るか乗らないか……程度である。しかも親譲りの方向音痴。とてもじゃないけど、たった一人で、土地勘もない北海道で、レンタカーなど乗り回すことを、許すわけにはいかない。無謀すぎる。
母親の直感だ。過保護と言われようとなんだろうと、ダメなものはダメ。
事故でも起こしたらどうする。ナビもわからない場所に迷い込んだらどうする。クマに襲われたらどうする。二本足のオオカミに襲われたらどうする……。
娘の夏季休暇がお盆明けの20日から1週間と決まったのは、ほんの1ヵ月前だった。あんなにたくさん友達がいても、そのころの休暇では、付き合ってくれる友達が見つからない。友人の多くは大学院生で、勉強に忙しい時期だという。
私にもお声がかかったが、もちろん無理なことはお互い百も承知。
一人でも安心な海外旅行のパックを探したけれど、どこも満席だったらしい。
とはいえ、いかに理由を並べたてられても、首を縦には振れない。
旅行代理店に出向いて、札幌からのバスツアーがないか尋ねてみた。やはり、それは現地の代理店でないと無理だと言われる。レンタカー代わりのバス便もあることはあるが、それも申込み期間が過ぎていた。とにかく今からでは、なにもかもが遅すぎた。
諦める? 何をどう諦める? 娘の一人旅を許す? それとも娘を諦めさせる?
私一人では決められない。親はもう一人いるのだ。夫の帰宅を待って、話を切り出すと、夫曰く、「お母さんも一緒に行ったら?」。
その選択肢!?
受験生はどうするの? 自閉症の長男は?
結局、一番可能性が低いはずの、その選択肢が採択されたのである。
サラリーマンの夫が、4日の間、男3人の寝食をなんとかするという。息子たちの異存もなかった。あっけなく決まった。出発まであと5日しかない。
娘には、「お母さんも一緒に行くから、早く帰ってきて、相談しよう」とだけメールをした。有無を言わせなかった。
それから連夜、娘の帰宅を待って、2台のパソコンを駆使してネットに張り付き、私の搭乗券と、トマム・旭川・小樽のホテルと、レンタカーの予約を済ませた。土曜のエッセイ教室、日曜の銀座のボランティア活動も予定どおりにこなし、荷物を作り、月曜の昼下がり、快晴の空の下、羽田から飛び立ったのだった。
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